友情

推薦文

友情
著者:
武者小路実篤著
出版社:
新潮社
ISBN:
9784101057019
所蔵:
中央図書館 新書・文庫コーナー
文庫:SCB:む1-1

 本書は、誰かを好きになるということが幸福をもたらすと同時に、否応なしに今までの関係性に変化を生じさせるという二面性を浮き彫りにしている。
 脚本家としてまだ芽の出ていない野島は、友人の妹でる杉子に好意を抱いた。杉子との結婚を思わずにはいられない彼は、彼女に自分の理想を重ねている。知り合いや親友の大宮は世間に認められつつあったが、まだ何者でもない野島は杉子に見合う人物なのかという疑問に心が揺れ動くのだった。思考に占める彼女の割合が大きくなる中、自分を支え励ましてくれる親友の存在はかけがえのないものであった。しかし恋という難物はすでに彼の日常に綻びを生じさせていたのだった。野島は杉子を賛美しそれを大宮は受け止め、野島の幸福を思うのであった。大宮は野島のために努めて彼女の前で冷淡になろうとしたが、彼自身に向けられた彼女の熱を帯びた視線は彼の友に対する誠を貫くことを困難にした。
 恋において自分の好きな人が自分を好きになるとは限らないという苦しさ、誰かを好きになってしまうと他人ではどうすることもできない様が描かれている。誰かを想うことの素晴らしさと、その想いが遂げられなかった時の苦しみが野島を襲う。昭和22年(1947年)に発行され、すでに70年以上の年月が経つが、人間の本質をついた本書の慧眼は色褪せることがない。作中で大宮が言っていた言葉が印象に残っている。
「ともかく恋は馬鹿にしないがいい」

鳥取大学
農学部生命環境農学科

雨井 卓(P.N.)

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